概説
暗殺事件をはなれたケネディを見つめます。はたして政治家ケネディはいかなる政治を行いどの様な成果を上げたのか、全体的概説
外交問題
大統領ケネディをとりまく世界の情勢はまさに冷戦の真っ只中。この微妙な政治の舵取りをいかに切り回して行ったのか?ケネディの外交施策に迫る。
経済問題
ケネディの時代、アメリカ経済はかつてないほどの成長をとげた、そこにはケネディの断固たる意志と実行力が見え隠れする彼のとった経済政策とは。
閣僚選出
ケネディのニューフロンティア精神を支えた数多くの閣僚達、その選出にも数多くの問題があった、閣僚選出のドラマ
ニューフロンティア
ケネディの掲げたニューフロンティア政策。誰もが一度は耳にした政策の内容は意外と知られていない、ニューフロンティア政策に迫ります。
世界の指導者へ
若きケネディと老練な世界の指導者達との関わりを紹介します。フルシチョフ・マクミラン・アデナウワー等親子ほどの年齢の違いの政治の世界
ケネディとアジア(1)
就任早々のケネディを悩ませたのはヨーロッパでも国内でもない「未知の国ラオス」であった。ケネディと東南アジアに迫ります。
ケネディとアジア(2)
就任を目前にしたケネディにフルシチョフが叩きつけた挑戦状とは、冷戦がもっとも暑くなる年1961年は切って落とされた。
ケネディとアジア(3)
共産主義国家の挑戦は世界の各地でその姿を現してきた、最終戦争への危機を打開するためにはフルシチョフとの直接対話以外には・・・・・
 ケネディとアジア(4)
共産主義対資本主義の対決を避けるためケネディはウイーンに飛ぶ、世界が注目する頂上会談の幕は開かれた。
ケネディとアジア(5)
ウイーン会談の主目的のひとつはベルリンであった。しかしアジアの問題もゆるがせにできない目的であった。
ケネディとアジア(6)
ウイーン会談は何の成果も上げることなく終わった、それどころかヴェトナムの情勢は以前にもまして緊迫化していく。
ケネディとアジア(7)
ウイーン会談後フルシチョフの挑戦は新たな展開をみせる、場所はベルリン。アジアの緊迫に加えてヨーロッパでも
ケネディとアジア(8)
共産主義との対立は先鋭化し世界各地でその姿を現してきた。そんな時ソ連の核実験再開のニュースが
ケネディとアジア(9)
ヴェトナム情勢は急速に悪化してくる、全土に非常戒厳令が布告されルビコン川が目前に迫ってきた。
ケネディとアジア(10)
後のヴェトナム情勢に決定的な影響を与えたといわれる「テイラー使節団」がヴェトナムを訪問する。情勢は緊迫の一途へ
ケネディとアジア(11)
ゴ・ジンジェム大統領とテイラー使節団。ついにジェムはアメリカに対し戦闘部隊の派遣を要請する。
ケネディとアジア(12)
テイラーは、ヴェトナムを襲った大洪水に着目してこの被害を救援する名目で米軍派遣を勧告、ケネディの驚愕は!
ケネディとアジア(13)
介入論者の声高な声との狭間でケネディは悩む!現実の政治と理想との融合はなるのか米軍派遣の瀬戸際に
ケネディとアジア(14)
国民との約束、アメリカという常に世界のリーダシップを求められる国の元首の限界に直面するケネディ
ケネディとアジア(15)
ケネディの苦悩は続く、しかし運命はその解決の鍵をケネディから奪う。最後にケネディを源流とする現代アメリカを考える。